鋭い煮物

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たまに真面目な内容を書くと

カテゴリー : Fantasy Earth
すげー空回りするのが俺というもので。
今回も真面目な内容を一つ。

・FEZの戦闘に運の要素が無い理由。

以下ご自由にご覧ください。

裁判所の過ち

カテゴリー : 日常という名の物語。
(某SNSより転載記述)

今テレビを見て驚愕した俺。

かの3児を殺した交通事故の判決に俺は不思議を感じずにはいられなかった。

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争点は「安全に運転できていたか」だった。

容疑者は大量の飲酒をし、時速100kmで長時間わき見運転をしていた。
その結果前方の車に衝突、一家5人が乗った車を海へ付き落とし、3人の子供を殺害した。

この中で危険なシーンと言えば、飲酒、スピードオーバー、わき見運転の三点。

この中で俺が気になったのは飲酒である。
飲酒をした時点で車の運転は許されず、飲酒運転で現行犯、事故の場合はそれ以上の罪に問われる。
争点である安全に運転できていたか、でいえばここが非常にあいまいになる。
結果だけで言えば、問われた罪は業務上過失致死(つまり交通事故死)と交通法違反(時速100kmと脇見)のみ。
飲酒で危険運転については罪になっていない。

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安全に運転できていたかという問題ではないと思う。

飲酒運転の時点でアウト。
だがそこをスルーして、飲酒運転だったけど安全に運転できていましたよ、という証明が出来てしまった事(正確には脇見運転しているから危険運転だが)から、飲酒に付いてはノータッチで終わってしまったのだ。

詰まるところ「事故起こさなければ飲酒運転OK」とはっきり言ってしまった。

「時代を逆行する判決」とも言われたが、俺はそれ以前に法すらも無くなったんだろうなと思っている。
「事故って殺したんだね、じゃあ殺人罪」で終わりになっている。果たしてソレでいいのか。
事故った過程、理由などが本来は必要なわけで、そこから罪を引きずり出すのが現在の日本。
これじゃあ裁判所なんぞいらんぜ。

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国民が「自由」を保障されるのは法があってこそ。
法が人を守り、人が法を守ることで自由と安全を確保できる。
(例えば人を殺すな、という法があるからこそ殺されない。
 殺すことで罪になる)

今回のように人が法を守らず、法が人を守らないようであれば、
法というもの自体が存在しないに等しく、それはすなわち憲法すらないに等しい。

さらに言えば希望も秩序も名誉もない。
そんな国に裁判所も政治家も警察も自衛隊も要らない。
必要が無い。

なぜなら守る物が無いからな。